<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>ニュートップリーダー　成功経営者の「実践」に学ぶ、中小企業経営者のブレーン誌 &#187; 闘うトップ</title>
	<atom:link href="http://www.newtopleader.jp/list/pickup/compete/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://www.newtopleader.jp</link>
	<description></description>
	<lastBuildDate>Mon, 30 Sep 2019 01:58:42 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.org/?v=3.5</generator>
		<item>
		<title>扱いやすいリヤカー「軽car（カルカー）」で地方発のものづくり力を証明したい（株式会社中村輪業・社長 中村耕一氏）</title>
		<link>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/2437/</link>
		<comments>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/2437/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 31 Jul 2014 02:16:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[闘うトップ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.newtopleader.jp/?p=2437</guid>
		<description><![CDATA[中村輪業がオーダーメイドで製作するリヤカーが、宅配業者などから注目されている。 ふとしたきっかけから中村耕一社 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>中村輪業がオーダーメイドで製作するリヤカーが、宅配業者などから注目されている。<br />
ふとしたきっかけから中村耕一社長が開発し、「軽car」と名づけられた新しいリヤカーは、いま全国で700台以上が活躍しているという。<br />
中村社長が、開発のきっかけや発売当初に味わった体験を語る。</p>
<p><img style="float: left; margin: 0px 20px 20px 0px;" alt="" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2014/07/br_1408_1.jpg" width="233" height="328" />長崎県南島原市の中村輪業はもともと自転車販売店だったが、中村耕一社長が製作を始めたリヤカー「軽car（カルカー）」が評判となり、大手宅配業者をはじめ、様々な企業から注目されている。<br />
<br />
中村社長が「軽car」の製作を思い立ったのは、2003年ごろだった。以来、1年近くの間、試行錯誤を重ねて試作品を完成させたが、当初はまったくと言ってよいほど売れなかったという。<br />
<br />
ところが、数か月後、中村社長の奮闘ぶりが地元紙に掲載されると、反響は大きく、ヤマト運輸から配達業務用として100台を受注した。リヤカーは、一方通行が多いビジネス街や道幅の狭い住宅街での配達に便利なうえ、燃料代が不要で、二酸化炭素を排出しないことも評価されたのである。</p>
<p>その後も「軽car」に注目する企業が相次ぎ、同じく宅配大手の佐川急便や「オフィスグリコ」を展開する江崎グリコ、ヤクルトなどからも受注。また、某テーマパークからの発注でパレード用の特殊な三輪自転車を製作したり、保育園の依頼を受け、遊具として小型リヤカーを製作したこともあった。</p>
<p>「軽car」が従来のリヤカーと異なるのは軽さと扱いやすさで、フレームには剛性を維持しながら軽量化を実現する金属素材を採用。車輪の位置を微妙に工夫して、「てこの原理」を最大限に応用した。基本的に、商品はすべて顧客の要望を反映したオーダーメイドで、同社は三次元CADにより設計から製造までを手がける。</p>
<p>主力は三輪自転車と一体になったタイプだが、通常のリヤカータイプから電動アシストつきまで対応し、価格はいずれもオープン価格。納入実績は100社を超え、現在、全国で700台以上の「軽car」が活躍している。</p>
<p><img src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2014/07/br_1408_4.jpg" alt="" width="679" height="205" class="alignleft size-full wp-image-2377" /></p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　◇　◇　◇</p>
<p>1979（昭和54）年に親父が仕事を始めたとき、うちはバイク屋だったんです。修理もできたので、最初のころはよく売れたらしいんですが、時代の流れと言いますか、だんだん売れなくなってきて、そのうち商売替えをして自転車屋になったけれど、親父は細々と営業を続けていたようです。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/2437/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>母から受け継いだ妥協なき「本当の保育」を志す（株式会社コビーアンドアソシエイツ・社長 小林照男氏）</title>
		<link>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/2371/</link>
		<comments>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/2371/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 30 Jun 2014 08:25:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[闘うトップ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.newtopleader.jp/?p=2371</guid>
		<description><![CDATA[都心での「待機児童」解消のため、各地で保育所が新設されている。 子供を預かってもらえるだけでもありがたいという [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>都心での「待機児童」解消のため、各地で保育所が新設されている。<br />
子供を預かってもらえるだけでもありがたいという風潮があるなか、小林社長は母から受け継いだ保育の理念を貫き、子供たちの将来を考えた質の高い保育を実践している。</p>
<p><img style="float: left; margin: 0px 20px 20px 0px;" alt="" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2014/06/br_1407_1.jpg" width="233" height="328" />2000年の規制緩和によって株式会社に認可保育所（※保育所は大きく、都道府県知事の認可を受けた「認可保育所」とそれ以外の「認可外保育所（園）」に分かれる。認可保育所には公費負担があり、親の収入によって保育料は変わる。）の運営が許されるようになり、教育産業など他業界からの進出が相次いだ。<br />
保育所増設という国策を追い風に、急成長して上場を果たした企業もある。<br />
小林照男社長が創業したコビーアンドアソシエイツも、そうした新興企業の1つだが、年季と筋金がまったく異なる。保育士の仕事に生涯を捧げた母・故小林典子氏の理想と理念が息づいているからだ。</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　◇　◇　◇</p>
<p>当社が運営する「コビープリスクール」では小さなことにも妥協を許さない「本当の保育」を実践しています。「本当の保育」とは、子供たちに「本物」に触れる機会を与え、「感動の体験」をさせることです。たとえば、園内には印刷されたポスターではなく本物の絵画を飾っていますし、食器も落とせば割れる陶器やガラス製を使っています。専属スタッフには元Ｊリーガーやダンスの先生もいて、鍛え抜いた技を園児に見せ、昼食は元一流ホテルのシェフなどプロが調理に当たります。</p>
<p>子供たちには、まがいものでなく本物だけを味わわせたいのです。するとそこに感動の体験が生まれ、同時に大切にすべきものを自然と理解するようになるのです。幼児期の体験は人格形成に大きく影響します。いい加減な教育をすると20年後、30年後の国力にもかかわってくる。そのくらいの意識をもって保育所を運営しています。</p>
<p>だから保育士にも「子供にはこの程度でいいだろう」といった妥協は一切許さず、常にプロフェッショナルの意識をもって本気で接することを求めます。このことは、保育士の真のプロフェッショナルであった母の教えでもあるのです。</p>
<p>母は私が生まれる前から、実家のお寺が運営する保育所で保育士をしていました。姉や私もその保育所に入り、卒園してからも運動会の手伝いなどにかり出されました。中学生のときに母が独立して自宅で保育所を始めてからは、私の部屋に園児が遊びにくるくらい、プライベートに保育が完全に入り込んでいた。</p>
<p>ただ、思春期をそうした環境で過ごしたせいか、反発心が出て保育の仕事なんか絶対にしないぞと思っていました。そのため高校卒業後は、アメリカに留学して米国公認会計士をめざした。将来は起業したいという夢もありました。</p>
<p>ところが、卒業間近の95年、現地の監査法人から内定をもらい、母に報告をした翌日、就職せずにすぐに日本に戻ってこいと命令されたのです。サラリーマンだった父の病気が理由でしたが、「誰がいままであなたの学費を出したと思っているの」と有無を言わせない口調で、結婚したばかりの妻ともども、泣く泣くアメリカの家を引き払いました。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/2371/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>ネットショップ支援サービスで宮崎に1,000人の雇用を生み出したい（株式会社アラタナ・社長 濵渦伸次氏）</title>
		<link>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/2269/</link>
		<comments>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/2269/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 30 May 2014 06:31:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[闘うトップ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.newtopleader.jp/?p=2269</guid>
		<description><![CDATA[ネットショップの構築から運営、コンサルティングまで、EC（電子商取引）に関するサービスをワンストップで提供する [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>ネットショップの構築から運営、コンサルティングまで、EC（電子商取引）に関するサービスをワンストップで提供するアラタナ。<br />
創業者の濵渦伸次社長は、過去、事業に失敗した経験に学び、故郷・宮崎で1,000人の雇用を創出することを目標に掲げる。<br />
「会わない営業」に努めるなど、濵渦社長がユニークな経営のねらいと夢を語る。</p>
<p><img style="float: left; margin: 0px 20px 20px 0px;" alt="" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2014/05/br_1406_1.jpg" width="233" height="328" /><br />
国内最大手のサイバーモール（電子商店街）である「楽天市場」には、約4万2,000店舗が出店している（2013年末時点）。そのうち、約3,000店舗がアラタナの提供するアプリケーション「スケッチページ」を活用して、店舗づくりを行なっているという。<br />
<br />
スケッチページは商品画像の編集・レイアウトやバナー作成などを行なうソフトで、ライセンスを購入し、サイトからダウンロードすれば、簡単なマウス操作でページ作成が可能。その手軽さが評判となり、個人や小規模業者を中心に利用者が増えている。<br />
<br />
一方、同社にとってのもう1つの主力事業が「カゴラボ」。ネットショップの構築から運営、集客支援・在庫管理に関するコンサルティングまで、EC（電子商取引）に関するサービスをワンストップで提供する。</p>
<p>従来、ネットショップの出店者がオリジナルのサイトを制作する場合、業務を委託するならウェブ制作会社やサーバー保守業者、SEO対策やセキュリティのコンサルタントなど、それぞれの分野に特化した専門家に、個別に依頼しなければならなかった。しかし、同社ではそれらを一体化したプラットフォームとして提供することで、出店者の煩雑（はんざつ）な手間を解消。サイトの改良や機能拡張も容易になり、顧客の支持を集めた。</p>
<p>同社は、濵渦伸次社長が学生時代の同級生と2007年に創業。これまで、同社のネットショップ支援サービスを導入した顧客は3,000社を超える。</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　◇　◇　◇</p>
<p>「誰にでも簡単にネットショップがつくれるようなサービスがあれば、便利だろうな」という素朴な発想が、創業の原点でした。</p>
<p>起業する前、地元のアパレルショップでアルバイトをしていたとき、ちょうどネット通販を始めることになって、その担当者になったんです。スタッフも資金も決して潤沢（じゅんたく）とは言えませんから、サイトの立ち上げからお客様への対応、商品の発送まで、ほとんど1人でやらなければいけない。商品を魅力的に見せる撮影方法を工夫したり、SEO対策を勉強したり、必死でした。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/2269/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>「おもろいタクシー」で人と街とを繋ぐ担い手になる（近畿タクシー株式会社・社長 森﨑清登氏）</title>
		<link>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/2153/</link>
		<comments>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/2153/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 30 Apr 2014 08:27:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[闘うトップ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.newtopleader.jp/?p=2153</guid>
		<description><![CDATA[ロンドンタクシー、スイーツタクシー、お花見タクシー、神戸ビーフタクシー……。 数々のアイデア観光タクシーを神戸 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>ロンドンタクシー、スイーツタクシー、お花見タクシー、神戸ビーフタクシー……。<br />
数々のアイデア観光タクシーを神戸の街に走らせてきた森﨑社長。<br />
そこには生まれ育った神戸市長田区の震災復興にかける思いが込められていた。</p>
<p><img style="float: left; margin: 0px 20px 20px 0px;" alt="" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2014/04/br_1405_1.jpg" width="233" height="328" /><br />
一昨年、近畿タクシーは運行する神戸の有名スイーツ店を巡るスイーツタクシーや、ジャズスポットに案内するジャズタクシーに「My Qpit（マイキューピット）」という統一ブランドを冠した。デザイナーに依頼しハートをかたどったブランドロゴなどを作成、ドライバーの名刺や車体にロゴをあしらった。その設立趣意書の冒頭には「タクシーは人と街を繋ぎ、それぞれに“しあわせ”をもたらす『キューピット』のような役割があると考えます」とある。この言葉に森崎社長の思いが集約されている。<br />
<br />
　　　　　　　　　　◇　◇　◇<br />
<br />
41歳のときに「タクシーこそが天職や」と悟りました。その3年前に導入した「ロンドンタクシー」がきっかけとなって経済界の人や文化人の方々など、いままでお付き合いのなかった人とたくさん出会うことができた。自己表現がタクシーでできると思うようになったからです。実はそれまで、タクシー業がイヤでイヤでしようがなかった。</p>
<p>大学を出て酒造メーカーで11年勤めました。その会社でのサラリーマン生活に先が見え転職を考えていたときに、跡継ぎがいなかった妻の実家を継いでみようと思ったのです。経営者になれば、サラリーマンと違って自分の考えで何かがやれると夢をもちました。でも「跡を継ぐ」と言ったとき、喜んでくれたのは社長だった義父だけで、友人からは「お前には向いてない、やめとけ」と口を揃えて言われた。それだけイメージの悪い業種だったのでしょう。</p>
<p>覚悟はしていましたが、入社してみるとすぐに夢も希望も吹き飛びました。タクシー会社は、営業、サービス、回収まですべてドライバーがこなし、会社はそのまとめをやるだけ。言うなれば労務管理だけの会社です。当時は行政の規制も厳しかったので、経営者が腕を振るうような場面はほとんどなかったんです。</p>
<p>ドライバーも個性的な人間がいっぱいいた。入社してすぐに、ドライバーの不始末がもとで警察の取調室に行きました。常務の肩書きをもらって、給与計算や経理などの事務方を務めていたのですけど、私に回ってくる電話は苦情と事故処理ばかり。なかには夜も眠れないくらいのやっかいなトラブルもありました。普段はたいした仕事もなくて、事務所でぽつねんとしているんですけど、1本電話が入るとあちこち駆けずり回らないかん。常に不安と隣り合わせで精神的にこたえましたね。</p>
<p>それ以上に意欲を削（そ）がれたのが、仕事が積み重なっていかないことでした。当時、当社はすべて流し営業でしたから、顧客名簿もなかった。どんな仕事をしてもあとに残るものが何もないのです。前の会社では宣伝広告や商標管理をやっていたのですが、その知識を活かすところもない。これはタクシー会社に「どうせお客様はタクシー会社なんてどこでもいいんや」という勝手な思い込みがあったからです。本当はお客様はタクシー会社を選びたがっていたはずなんです。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/2153/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>ブランディングの重要性に着目 ハンコの素人がナンバーワンに（株式会社ハンコヤドットコム・社長 藤田優氏）</title>
		<link>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/2034/</link>
		<comments>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/2034/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 28 Mar 2014 02:01:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[闘うトップ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.newtopleader.jp/?p=2034</guid>
		<description><![CDATA[日本人の文化にいまもしっかりと根付いている印鑑。 ハンコヤドットコムはネット専業ナンバーワンのハンコ屋として、 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>日本人の文化にいまもしっかりと根付いている印鑑。<br />
ハンコヤドットコムはネット専業ナンバーワンのハンコ屋として、年間21万件の出荷実績を誇る。<br />
だが、その創業者・藤田優社長は、創業まで印鑑とはまったく縁のない世界にいた。</p>
<p><img style="float: left; margin: 0px 20px 20px 0px;" alt="" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2014/03/br_1404_1.jpg" width="233" height="328" />パソコンOSの歴史を変えたと語り継がれるウインドウズ95。<br />
その機能と操作性でまたたく間に世の中を席巻し、マニアのみならず多くの新しいモノ好きの若者をパソコンの世界に誘いざなった。<br />
ハンコヤドットコムの藤田優社長もその一人である。<br />
<br />
　　　　　　　　　　◇　◇　◇<br />
<br />
父が大阪市内で喫茶店やバーなど飲食店を4店舗経営しており、高校時代から勉強はそこそこに、店の手伝いをさせられていました。大学でも就活はせず、そのまま店に入った。父は跡を継がせようと思っていたでしょうし、私もそのつもりだったんですが、決められたコースに乗せられているようで、どこか飽き足らない思いはありましたね。</p>
<p>パソコンに最初に触れたのは、それまでメニューの作成とかで使っていたワープロの代わりとしてでした。それがウィンドウズ95に見事にはまってしまった。あんなこともできる、こんなこともできると、起きている時間の半分はパソコンに向かっていたでしょうか。</p>
<p>そのうち、友人から頼まれて結婚サービスやいくつかの商品のインターネット通販をやるようになりました。その1つがハンコだったのです。たまたま友人の実家が印鑑問屋で、販路を広げたいからECサイトをもってくれと頼まれたのがきっかけでした。といっても、当時はまだ通信料金が従量課金制で検索エンジンもありませんでしたから、月に2本も売れれば御の字でしたね。ただ、扱っていた他の商材やサービスは反応が皆無でしたし、問屋とのルートがあるため商品の種類が豊富で利益率も高く、通信環境さえ整えば、ハンコは安定した副業にはなるなと感じてはいました。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/2034/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>デジタルと熟練職人の直感を融合 精密加工で次世代製造業の最先端をゆく（株式会社入曽精密・社長 斉藤清和氏）</title>
		<link>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/1988/</link>
		<comments>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/1988/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 28 Feb 2014 07:50:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[闘うトップ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.newtopleader.jp/?p=1988</guid>
		<description><![CDATA[精密度99.9999999％。振れば、ほぼ数学上の確率どおり6分の1ずつ目が出る「世界一フェアなサイコロ」など [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>精密度99.9999999％。振れば、ほぼ数学上の確率どおり6分の1ずつ目が出る「世界一フェアなサイコロ」など、世間をアッと言わせるモノづくりを手がけてきた斉藤社長。<br />
3次元CAD／CAMとMC（マシニングセンタ）を駆使した独自のMC造形システムがその超精密加工を可能にした。</p>
<p><img style="float: left; margin: 0px 20px 20px 0px;" alt="" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2014/02/br_1403_1.jpg" width="233" height="328" />「アルミのバラ」を初めて展示会に出したとき、ほとんどの人はその前を素通りした。よくできてはいるが、どうせアルミ箔をくっつけてつくったオブジェだろうと思ったようだ。<br />
<br />
ごく稀（まれ）に、足を止める人がいた。大学教授や大手企業の技術者に多かった。花びらや葉脈（ようみゃく）まで精巧に再現されたバラを様々な角度から食い入るように眺め、最後は信じられないという顔付きになった。バラには接着面などどこにもなく、1個の金属の塊（かたまり）から削り出されたものだったからだ。時は2001年。3次元CAD／CAMがようやく世間に知られるようになったころの話である。</p>
<p>大学教授や大手企業の技術者を驚嘆させたこの「アルミのバラ」の製作者は、入曽(いりそ）精密の斉藤清和社長（55歳）である。バラには日本一の加工屋をめざす斉藤社長の思いが込められていた。</p>
<p>いまでいうフリーター生活を送っていた斉藤社長が、「家の仕事を手伝え」と父（斉藤清八現会長）に言われ同社に入社したのは1983年、25歳のときだった。</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　◇　◇　◇</p>
<p><img class="alignright size-full wp-image-1469" alt="" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2014/02/br_1403_2.jpg" alt="br_1403_2" width="337" height="279" />当社は研磨職人だった父が起こした会社ですが、当時は発注先から持ち込まれた鋼板に穴を開けたり少し研磨して納入する典型的な町工場でした。孫請けどころか玄孫請（やしゃご）け（四次下請け）で、工賃が安く仕事量も安定していなかった。そんなある日、手持ちぶさたのパートさんたちが「最近仕事減ったねぇ。今月は給料出るのかね」と浮かない顔で話し合っている姿を見たのです。社長の息子として責任を感じると同時に、会社に技術がないことを思い知らされました。技術がないから、どこでもやれる単価の安い仕事しか回ってこない。社員やパートさんたちにそんな心配をさせるような会社であってはいけない。それには、ともかく技術力を高めなければならないと思い、まずベテランの職人さんについて徹底的に機械の操作を身に付けました。</p>
<p>そうしてしばらくすると、父が私専用として、これまでより高度な加工ができる成形研磨機を購入したのです。父も技術力を高めたいと思っていたのですが、社員が高齢化して新しい機械を使いこなせる人材がいなかったのですね。私がこの機械を使うようになったことで、取引先からくる仕事が少しずつ付加価値の高いものに変わっていきました。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/1988/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>多くの販売店と共存しながら帽子の素晴らしさを広く伝えたい（株式会社栗原・社長 栗原亮氏）</title>
		<link>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/1822/</link>
		<comments>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/1822/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 31 Jan 2014 08:32:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[闘うトップ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.newtopleader.jp/?p=1822</guid>
		<description><![CDATA[「override」「arth」など、帽子専門店を国内外に展開する栗原の栗原亮社長。最先端の流行を採り入れた商 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>「override」「arth」など、帽子専門店を国内外に展開する栗原の栗原亮社長。最先端の流行を採り入れた商品展開が、幅広い年齢層の顧客に支持されている。<br />
創業以来の卸としての機能を維持しながら、SPAとしても業績を拡大する栗原社長が、これまでの歩みと経営観を語る。</p>
<p><img style="float: left; margin: 0px 20px 20px 0px;" alt="" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2014/01/br_1402_1.jpg" width="233" height="328" />東京・原宿－－。栗原が神宮前に帽子専門店「override（オーバーライド）」をオープンさせたのは、1999年であった。その後、「arth（アース）」「カオリノモリ」など、テイストの異なる6ブランドの帽子専門店を展開。現在、すべて直営で国内に46店舗、海外に2店舗を出店している。帽子専門店の多店舗展開は、業界でもめずらしい。<br />
<br />
帽子の製造卸だった同社で、小売への進出によるSPA事業と多店舗展開を主導したのは、4代目の栗原亮社長。取締役だった当時、新規事業として提案し、父で3代目の栗原裕（ゆたか）社長（現会長）の了承を得て出店した。ただし、「赤字が2年間、続けば撤退する」という条件がつけられた。</p>
<p>本業が安定していたせいか、社内には小売への進出をリスキーな冒険ととらえる声が強かった。さらに、創業以来、卸の看板を掲げてきた以上、小売への進出は数100社に及ぶ取引先との関係に禍根（かこん）を残すことにもなりかねない。周囲は、入社5年目の「社長の息子」の挑戦を冷ややかに受けとめた。</p>
<p>それでもあえて栗原社長が勝負したのは、業界を巻き込みつつある大きな変化に気づき始めたからだった。メーカーから消費者へ主導権が移り、消費者が流行をリードするようになれば、その動向を敏感に察知する感度が求められる。感度を磨くには、常に消費者との接点を確保しておかなければならない。小売への進出は、栗原が製造卸として生き延びるために不可欠な施策でもあった。</p>
<p>だが、現実は厳しかった。オープン直前まで準備に奔走し、当日はレセプションを開催したが、関係者以外、ほとんど来店客はなかった。以来、苦戦は続き、1年目は数1,000万円の赤字で終えた。勝負の2年目も苦境は変わらず、客足はいっこうに伸びない。撤退を覚悟した栗原社長は、責任を取り退職することを心に決めていたという。</p>
<p>ところが、期日まであと2か月に迫ったころ、状況が一変した。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/1822/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>創業時の新鮮な気持ちを受け継ぎ浜松らしい「地ソース」をつくりたい（鳥居食品株式会社・社長 鳥居大資氏）</title>
		<link>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/1656/</link>
		<comments>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/1656/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 27 Dec 2013 02:23:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[闘うトップ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.newtopleader.jp/?p=1656</guid>
		<description><![CDATA[地元産野菜や果実を使い、いまも木桶で熟成させた手づくりソースを開発する鳥居食品の鳥居大資社長。 容器にはガラス [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>地元産野菜や果実を使い、いまも木桶で熟成させた手づくりソースを開発する鳥居食品の鳥居大資社長。<br />
容器にはガラス瓶を用い、小売店の協力も得て回収に取り組み、環境保護にも努めている。<br />
病気に倒れた先代の跡を継いで以降、地産地消のユニークな商品開発が注目される鳥居社長が、その歩みと経営観を語る。</p>
<p><img style="float: left; margin: 0px 20px 20px 0px;" alt="" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2013/12/br_1401_1.jpg" width="233" height="328" />わが国では単に「ソース」と呼ばれることの多いウスターソースは、野菜・果実、砂糖、食塩、香辛料、食酢を原料とする。それらの組み合わせやバランスを変えることで味の違いを表現しやすいからなのか、実は多彩なソースメーカーが各地にあり、地域ごとに異なる消費者の嗜好（しこう）に応え続けてきた。その数は、日本ソース工業会の会員だけでも84社。非会員を含めると、少なくとも100社以上に及ぶと見られ、各社がそれぞれ独自の「地ソース」を製造している。浜松市の鳥居食品も、そうしたメーカーの1つである。<br />
<br />同社は、1924（大正13）年の創業。浜松市を中心に「トリイソース」のブランドで親しまれてきた。だが、商習慣の変化や不況の影響によって、売上の過半を占めてきた業務用ソースの需要が減少。社員の高齢化が進み、設備も老朽化するばかりだった。そうしたなか、2003年、2代目の鳥居謙一氏が動脈瘤（どうみゃくりゅう）破裂で倒れ、以後、療養生活を余儀なくされる。急遽（きゅうきょ）、入社した長男の鳥居大資社長が実質的に家業を継いだが、同社が存続の危機に直面していることに変わりはなかった。</p>
<p>当時の社員は12名。40代の1名を除くと、父の次弟と三弟をはじめとする全員が60代だった。さらに、原料を煮込む鍋は小さく、小ロットにしか対応できない。原料を熟成させる桶（おけ）はまだ木桶で、しかもそれは創業以来、使い続けてきたものだという。そして、ソースの充填（じゅうてん）装置も年代物で、プラスチック容器には未対応の瓶詰め専用であった。</p>
<p>戦力は想像以上に弱体化していたが、あるとき、鳥居社長はその裏側にひそむ父の深慮（しんりょ）に気づいた。設備の償却はすべて終わり、手形や借入もなかったのである。それは廃業も視野に入れた経営者の覚悟と、長男に負担を残すまいとする周到な親心を物語っているように思えた。</p>
<p>鳥居社長は苦境を打開すべく、新商品の開発に取り組んだ。企画したのは、地元の農産物と手づくりにこだわったソースで、取引先である遠鉄ストアの協力も得て、使用済み瓶の回収にも対応。弱点と思われた要素は、「多品種少量生産ならではの地産地消」「木桶を使用した伝統的な製法」「循環型容器による環境保護」など、消費者に対する訴求力の高い特徴へと転換された。</p>
<p>現在、みずみずしい果実感を活かした『オムライスをおいしくするソース』や静岡産みかんを使用した食酢『みかんde酢』など、鳥居社長が中心となって考案した商品が、地元の消費者や観光客から支持されている。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/1656/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>音が聞こえるメロディーロードで交通安全の啓発に役立ちたい（株式会社篠田興業・社長 篠田静男氏）</title>
		<link>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/1522/</link>
		<comments>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/1522/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 29 Nov 2013 08:44:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[闘うトップ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.newtopleader.jp/?p=1522</guid>
		<description><![CDATA[クルマの走行音が音楽に聞こえる「メロディーロード」。 現在、国内外8か所に施工されるユニークな技術を開発したの [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>クルマの走行音が音楽に聞こえる「メロディーロード」。<br />
現在、国内外8か所に施工されるユニークな技術を開発したのは、北海道標津町の土木建設業・篠田興業の篠田静男社長。<br />
兄の急逝を受け、同社4代目を継いでから、低迷する業績を建て直すため、様々な事業に挑戦してきた。その歩みと経営観を語る。</p>
<p><img style="float: left; margin: 0px 20px 20px 0px;" alt="" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2013/11/br_1312_1.jpg" width="233" height="328" />知床半島の根元の南側に位置する北海道標津（しべつ）町。市街から少し離れた町道川北（かわきた）北七線には、ト音記号が表示された見慣れない道路標識が設置されている。さらに、そこから約600メートル先には八分音符の標識があって、その間の直線道路を法定速度で走ると、俳優森繁久弥が作曲した名曲「知床旅情」の一節が聞こえてくる。<br />
<br />曲の正体はクルマのタイヤと路面との摩擦音で、道路を横断する細い溝を路面にいくつも刻み、溝と溝との間隔を変えることにより音階を表現。クルマが一定の速度で走ると、様々な音階を与えられた摩擦音の連続が曲として聞こえるしくみになっている。</p>
<p>この施工技術は「メロディーロード」と名づけられ、2004年秋、同町道に試験的に施工された。ト音記号と八分音符の標識は、それぞれメロディーロードの起点と終点の合図である。</p>
<p>発案者は、篠田興業の篠田静男社長。同社と北海道立総合研究機構工業試験場が共同で開発した。試験施工の後、さらに研究を重ねて音階の精度を高め、翌年に商品化すると、地域振興に取り組む自治体などから問い合わせが相次いだ。</p>
<p>06年には、和歌山県紀美野（きみの）町に「見上げてごらん夜の星を」を施工。以降、滋賀県大津市の「琵琶湖周航の歌」や沖縄県名護市の「二見情話（ふたみじょうわ）」など、各地で実績を重ね、長野県茅野（ちの）市の信州ビーナスラインに「スカボロー・フェア」を施工したメロディーロードは、08年、アジア太平洋国際広告祭の部門最高賞を受賞。翌年には、カンヌ国際広告祭で金賞も受賞した。</p>
<p>昨年は中国河南省に初の海外進出を果たすなど、これまで国内外の8か所に施工。11年には特許も取得している。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/1522/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>独自の排水浄化装置を普及させ世界中にきれいな水を届けたい（株式会社アイエンス・社長 吉田憲史氏）</title>
		<link>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/1224/</link>
		<comments>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/1224/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 31 Oct 2013 04:08:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[闘うトップ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.newtopleader.jp/?p=1224</guid>
		<description><![CDATA[画期的な独創性が高く評価される排水浄化装置「アクアブラスター」を開発したアイエンスの吉田憲史社長。 従業員はわ [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>画期的な独創性が高く評価される排水浄化装置「アクアブラスター」を開発したアイエンスの吉田憲史社長。<br />
従業員はわずかに4名ながら、大企業のプラントへの導入事例を重ね、そのコストダウンに貢献している。<br />
独学で研究を重ねた吉田社長が、その開発の経緯を語る。</p>
<p><img style="float: left; margin: 0px 20px 20px 0px;" alt="" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2013/10/br_1311_1.jpg" width="233" height="328" />靱（うつぼ）公園に近い小さな雑居ビル。その一室に入居するアイエンス大阪オフィスには、同社の環境改善システムの導入事例として、様々なプラントの写真が展示されている。事例の多くは大企業で、プラントも大きい。対する同社は、従業員4名。営業活動は代理店が行ない、製品の製造は協力工場に委（ゆだ）ねたファブレスで、同社は吉田憲史社長を中心に環境改善システムの研究開発に特化する。<br />
主力製品の1つである「アクアブラスター」は筒状の排水浄化装置で、浄化槽内に設置しておくと、下部のノズルから噴射された空気が筒内で微細（びさい）な気泡に変わり、旋回流（せんかいりゅう）が発生。汚水が攪拌（かくはん）されて浄化槽内に酸素が行き渡り、水中の微生物による生分解作用によって、悪臭のもとになる汚泥の発生を防ぐ。<br />
こうして水を空気にさらす方法はエアレーション（曝気（ばっき） ）と呼ばれ、排水処理技術の1つとして確立されてはいた。しかし、従来の装置では浄化槽内に酸素を送ることに主眼を置くだけで、汚水は攪拌されず、汚泥の沈殿を防ぐことができなかった。アクアブラスターは筒内に特殊な形状の突起物を設けることで、微細な気泡を発生させることに成功。また、突起物によって旋回流が生じて浄化槽内で汚水が循環するため、汚泥の発生を防ぐことができる。</p>
<p>大手プラント会社や自動車メーカー、製パン工場など、アクアブラスターの導入実績は、過去10年間で約60件。自治体などが定めた基準値をクリアすることで、排水をそのまま下水に放流できるようになった企業では、年間1,200万円のコストダウンに成功したという。また、硫化水素が発生するため24時間の監視態勢が必要だった企業では、監視員の人件費や汚泥処理用の薬品代が不要になり、年間1,900万円ものコストダウンを実現している。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/1224/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>
