<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>ニュートップリーダー　成功経営者の「実践」に学ぶ、中小企業経営者のブレーン誌 &#187; これがわが社のヒット＆ロングセラー</title>
	<atom:link href="http://www.newtopleader.jp/list/pickup/hit/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://www.newtopleader.jp</link>
	<description></description>
	<lastBuildDate>Mon, 30 Sep 2019 01:58:42 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.org/?v=3.5</generator>
		<item>
		<title>『切腹最中』（1994年発売／東京都港区）</title>
		<link>http://www.newtopleader.jp/pickup/hit/2096/</link>
		<comments>http://www.newtopleader.jp/pickup/hit/2096/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Apr 2014 08:34:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[これがわが社のヒット＆ロングセラー]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.newtopleader.jp/?p=2096</guid>
		<description><![CDATA[ことしで創業100 年を迎えた老舗和菓子店・新正堂。 「忠臣蔵」として語り継がれる四十七士が討ち入りした12月 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><span style="display: block; padding: 0.5em 0; border-bottom: 1px solid #cccccc; border-top: 1px solid #cccccc;"><br />
<img style="float: left; margin: 0px 20px 20px 0px;" alt="『切腹最中』" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2014/04/hl_1212_1.jpg" width="355" height="266" /><br />
ことしで創業100 年を迎えた老舗和菓子店・新正堂。<br />
「忠臣蔵」として語り継がれる四十七士が討ち入りした12月14日になると、毎年行列ができる店としても有名だ。<br />
なかでも『切腹最中』は東京土産のロングセラーとなっている。</span></p>
<p>12月14日－－毎年この日になると、長い長い行列ができる和菓子店がある。元禄15年、江戸本所松坂町の吉良上野介義央（きらこうずけのすけよしなか）の屋敷に討ち入りした元播州赤穂藩の四十七士の殿様・浅野内匠頭（あさのたくみのかみ）が切腹させられた田村右京太夫の屋敷跡、そこに店を構える新正堂（しんしょうどう）だ。</p>
<p>客の目当ては看板商品の『切腹最中』。日本人の多くが、この名の意味を理解するに違いない。蛤（はまぐり）のようにぱっくりと上下に割れた最中に、たっぷりと粒餡（つぶあん）が詰められた光景はまさに切腹そのもの。それでいて、おどろおどろしくない、どこか愛嬌が感じられる不思議な魅力を持ち合わせている。この『切腹最中』が生まれたのは18年前。新正堂三代目にあたる渡辺仁久（よしひさ）社長（59歳）は振り返る。</p>
<p>「当時は生菓子を中心に扱っていたので、日持ちのする商品を作ろうと、最中の開発を思い立ったのです。討ち入りにちなんだネーミングをいろいろ考えたんですが、どれもピンとこない。あるとき、閃（ひらめ）いたのが『切腹最中』でした。しかし、家族は大反対で…（苦笑）、2年半かけて説得し、なんとか発売に漕ぎ着けました。私の中では、切腹は梅の花のイメージだったので最中は梅の花型にし、義士の鉢巻きを模して子どものお習字の半紙を切って巻いてみました。周りの評判が散々だったので、あまり売れないだろうとコストをかけなかったんです」</p>
<p>渡辺社長の周囲で『切腹最中』のネーミングを面白いと評したのは、つきあいのあるデザイナーだけ。「こんな名前の和菓子が売れるはずがない」－－反対意見が圧倒的多数を占めるなか、ほぼ孤立無援の状態で船出した『切腹最中』は、周囲の予想に反して大ブレイクし、新正堂の売上の7割を占める看板商品に成長していくのである。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.newtopleader.jp/pickup/hit/2096/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>『ブラックサンダー』（1994年発売／有楽製菓）</title>
		<link>http://www.newtopleader.jp/pickup/hit/1563/</link>
		<comments>http://www.newtopleader.jp/pickup/hit/1563/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 09 Dec 2013 07:53:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[これがわが社のヒット＆ロングセラー]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.newtopleader.jp/?p=1563</guid>
		<description><![CDATA[「安いのにボリュームがあっておいしい」と、子供から大人まで人気のチョコレートバー『ブラックサンダー』。 「コン [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><span style="display: block; padding: 0.5em 0; border-bottom: 1px solid #cccccc; border-top: 1px solid #cccccc;"><br />
<img style="float: left; margin: 0px 20px 20px 0px;" alt="『ブラックサンダー』" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2013/12/hl_1308_1.jpg" width="406" height="318" /><br />
「安いのにボリュームがあっておいしい」と、子供から大人まで人気のチョコレートバー『ブラックサンダー』。<br />
<br />「コンビニで15年以上売れ続けるのは驚異的」と業界関係者に言わしめた、噂のロングセラーは、いまも進化しながら新たな歴史を刻んでいる。</span></p>
<p>おいしさイナズマ級！－－印象的なコピーと、ザクザクとした独特の食感で、幅広い客層に支持されるチョコレートバーが、有楽製菓の『ブラックサンダー』だ。会社で学校で自宅で、ちょっと小腹が空いたとき気軽に味わえるスナックとして、1994年の発売以来、ロングセラーを続けている。</p>
<p>「当社はもともと駄菓子店に卸すメーカーで、当時、軽い食感の『チョコナッツスリー』という商品が売れていたので、次はその逆張りの重い食感でいこうと、チョコとビスケット、クッキーの三つの素材を使ったチョコクランチを考案しました。子供向けの商品なので、ネーミングは戦隊もののイメージです（笑）」（以下、発言は同社マーケティング部・伊藤大介氏）</p>
<p>チョコレートが溶けやすい時期を避け、販売期間は秋から春に限定。しかし現在の人気からは想像できないほど、当初は鳴かず飛ばずの売上だった。販売が一定量を満たさず、製造ラインの効率が悪くなるため、同社は一時、終売に踏み切った。</p>
<p><strong>熱心なファンの声で復活</strong></p>
<p>菓子市場では毎年たくさんの新商品が生まれては消えていく。『ブラックサンダー』もその運命をたどるはずだったが、熱心なファンが放っておかなかった。なかでも、九州地方の顧客からは、営業先を通じて「なぜ、辞めてしまうのか」という声が次々と寄せられたのだ。</p>
<p>「そこまで言ってくださるなら、と商品を復活させてはみたものの、その後も売上は〝そこそこ〞で、状況が変わったのは、パッケージデザインとともに商品名をアルファベットからカタカナに変更した03年あたりからでしょうか。『安いのにボリュームがあっておいしい』と、西日本を中心に評判が広まり、セブン-イレブンにも納めることになったんです」</p>
<p>コンビニのPOSデータは、単品ごとの販売状況を容赦なく露（あら）わにする。『ブラックサンダー』の人気が回復し始めたのを受け、同社は05年に冷却輸送を活用し、夏を含む通年での販売をスタートさせた。</p>
<p>快進撃はここからだ。扱い店舗数が増え、販売期間が拡大すると、『ブラックサンダー』は「生協の白石さん（※）」にも取り上げられた。ネットで評判が広がり、学生や社会人のファンも急増。そして人気を決定づけたのが、08年の北京オリンピックである。体操競技の日本人メダリストが「『ブラックサンダー』が大好物」と発言したのだ。</p>
<p>「05年頃から慢性的に製造が追いつかない状況でしたが、オリンピック直後はまさにフル回転。怖いほど注文が殺到しました。当社で何かを仕掛けたわけではなく、いつの間にか売れてしまったというのが正直なところ。1つ言えるとしたら、携帯電話が普及し始め、口コミで評判が広がりやすくなった時代背景があるのかもしれません」</p>
<p>伊藤氏は謙遜するが、商品力があったからこそのヒットであることは間違いない。『ブラックサンダー』を扱うコンビニの中には、本部から指導されずとも、レジ横に商品を陳列したり、手描きのPOPを付ける店が多い。自ら袋詰をして販売する店もある。ユニークな商品名と1個30円で満足感が得られるコストパフォーマンスの高さ。すべてがあいまって、商品と消費者をつなぐ小売店が、自主的に販売を後押ししているのだ。</p>
<p style="margin-top:0px;border: dotted 1px #333333; background-color: #efefef; padding:20px 12px"><strong>（※）生協の白石さん</strong><br />
東京農工大学生協の組合員（学生）からの要望に対して、「一言カード」にユーモアとウィットに富んだ回答をする職員・白石昌則さん。 学生のブログで紹介されて反響を呼び、単行本化もされている。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.newtopleader.jp/pickup/hit/1563/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>『銘菓ひよ子』（1912年発売／ひよ子本舗吉野堂）</title>
		<link>http://www.newtopleader.jp/pickup/hit/990/</link>
		<comments>http://www.newtopleader.jp/pickup/hit/990/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 20 Sep 2013 07:57:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[これがわが社のヒット＆ロングセラー]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.newtopleader.jp/?p=990</guid>
		<description><![CDATA[かつて炭鉱で栄えた福岡県の筑豊飯塚。鎖国時代に輸入砂糖を運ぶ長崎街道（通称・シュガーロード）に面していたため、 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><span style="display: block; padding: 0.5em 0; border-bottom: 1px solid #cccccc; border-top: 1px solid #cccccc;"><br />
<img style="float: left; margin: 0px 20px 20px 0px;" alt="『銘菓ひよ子』" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2013/09/hl_1305_1.jpg" width="276" height="240" /><br />
かつて炭鉱で栄えた福岡県の筑豊飯塚。鎖国時代に輸入砂糖を運ぶ長崎街道（通称・シュガーロード）に面していたため、昔から菓子づくりが盛んな地域でもあった。<br />
そんな町で生まれた『名菓ひよ子』は誕生から100年。まさにニッポンを代表するロングセラーだ。<br />
</span></p>
<p>優しい甘さの黄味餡（きみあん）を香ばしい皮に包んで焼き上げた、ひよこ形の菓子。全国的にも高い知名度をもつ『名菓ひよ子』が、発売からすでに一世紀を経ていることをご存知だろうか。手に取ると、誰もが微笑（ほほえ）まずにはいられない、この愛らしい菓子が誕生したのは、大正元（1912）年。石炭発掘が盛んだった福岡県飯塚市で明治30（1897）年に開業した菓子舗「吉野（よしの）野の堂」（現屋号・ひよ子本舗吉野堂）の二代目店主・石坂茂氏の発案だった。</p>
<p>カフェを営むほどチャレンジ精神が旺盛だった二代目は、昔からある何の変哲もない丸い饅頭や四角い菓子ではなく、もっと人々から愛される商品をつくりたいと常々考えていた。そんなある日、夢の中にひよこが現われたという。（やっと探していたものと巡り会えた）と感じた二代目は木型づくりに着手。挑戦の日々が始まった。</p>
<p>いまでこそ、動物をかたどった菓子は珍しくないが、100年前のこと、滑らかなカーブを描き、顔を上に向けて佇（たたず）む、ひよこの姿を立体的に表現しようとは誰も思いつかなかった。試行錯誤を重ね、ようやく完成した『ひよ子』は、発売するやいなや、炭鉱景気にわく飯塚の労働者や地元住民の熱狂的な支持を受け、順調に売上を伸ばしていった。ところが、昭和32（1957）年、三代目・石坂博和氏は同社の運命を変える大きな決断を下す。当時、福岡市内で一番の繁華街だった新天町（現・天神二丁目）への出店を決めたのだ。現在、同社を率いる五代目・石坂淳子（あつこ）社長は言う。</p>
<p>「いきなり福岡の一等地への進出ですから、いま思えば、ずいぶん思い切った決断でした。けれど、この英断が功を奏し、店にはお客様が殺到。焼き上がる側（そば）から商品がなくなるので、店仕舞いを早めたほど。卸先の中には、店まで商品を取りに来られるところもありました」</p>
<p>昭和32年といえば、飯塚炭鉱閉山の4年前。往時の勢いを失い、斜陽化が進んでいた町から、その後、九州一の都市へと変貌する福岡への進出は、ひとえに三代目に先見の明があったというほかない。</p>
<p>大胆で迅速な意思決定と行動力は、昭和39（1964）年にも発揮された。東京オリンピックの開催を機に東海道新幹線が開通したこの年、東京圏への進出を決めたのだ。</p>
<p>「当時すでに『ひよ子』が九州を代表する菓子になったという自負はありましたが、三代目はさらに上を見据えていました。新幹線で全国から上京する客に土産物として普及し、日本を代表する菓子に育てたい、という夢があったのです」</p>
<p>同社はまず、埼玉県に工場を設立。その後、2年かけて慎重に生産体制を整えたうえで販売に乗り出した。販路を急拡大しても、品質と商品供給の仕組みが伴わなければ、菓子の評判が高まるどころか、せっかくのブランドに傷がついてしまうと考えたからだ。東京駅八重洲口に店舗をオープンすると、三代目が描いた夢そのままに『ひよ子』は東京銘菓として多くの客の心をつかんでいく。</p>
<p>現在は、九州を拠点とする株式会社ひよ子と、東京で事業を展開している株式会社東京ひよ子の2社体制となり、売上比率は九州6に対して東京4。九州で生まれ育ちながら、東京圏でこれほど高い売上と知名度を誇る菓子は『ひよ子』をおいてほかにはないだろう。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.newtopleader.jp/pickup/hit/990/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>
