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	<title>ニュートップリーダー　成功経営者の「実践」に学ぶ、中小企業経営者のブレーン誌 &#187; 経営理念</title>
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		<title>凡事をまっとうして地域・顧客の支持を得る “当たり前”をたゆまず貫く会社（NPO法人日本を美しくする会　相談役　鍵山秀三郎氏）</title>
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		<pubDate>Wed, 09 Apr 2014 06:59:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[経営理念]]></category>

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		<description><![CDATA[企業の繁栄は、顧客や取引先、地域社会などの支持があって成り立つ。 支持のもととなる信頼を得るには、日々のふるま [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>企業の繁栄は、顧客や取引先、地域社会などの支持があって成り立つ。<br />
支持のもととなる信頼を得るには、日々のふるまいや仕事ぶりが大きくものをいうだろう。<br />
そこに近道はなく、事業を進めるうえで“当たり前”に大切なことの多くは「言うは易く行なうは難し」で、継続してこそ成果が上がる。<br />
自社が大切にすべき“当たり前”を定義し、ぶれることなく貫いて社員を導くトップの姿に学ぶ。</p>
<p><img class="alignright size-full wp-image-1469" alt="ai_1211_1" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2014/04/ai_1211_1.jpg" width="231" height="528" /><strong>【提言】「始める勇気」と「続ける根気」で打算を排して取り組む<br />
NPO法人日本を美しくする会 相談役　鍵山秀三郎氏</strong><br />
<br />
生来、私は口下手で、1日中、誰とも口をきかずに済むならそうしていたいと思うほど、実は無口な男です。昔から、他人様の前でお話しするのは苦手なのですが、いまからちょうど20年前、私は初めて掃除について講演する機会をいただきました。以来、ありがたいことに同様のご依頼が続いて、2年後の1994年には、講演をもとにした『凡事徹底』という本を出版しました。ご承知のとおり、「凡事徹底」とは「誰にでもできることを誰にもできないほど続ける」といった意味の言葉です。<br />
<br />
そのころから現在までの時間は、わが国の経済が「失われた」と表現される時期と、ほぼ重なります。実際、いまだに経済は好転していません。それも停滞といった生やさしい状況ではなく、むしろ悪化しているようにさえ思えます。加えて、老若を問わず人心はますます荒（すさ）み、社会全体が疲弊（ひへい）してしまっている。「凡事徹底」の大切さを1人でも多くの方に認識していただきたいと思い、微力を尽くしてきたつもりですが、残念でなりません。</p>
<p>しかしながら、私は決して悲観していません。社会全体から見れば小さな動きかもしれませんが、「凡事徹底」は着実に浸透しているからです。具体的に言えば、掃除ですね。NPO法人「日本を美しくする会」の活動を通じて、掃除の輪は確実に、全国へと広がっています。現在、国内130、海外4の「掃除に学ぶ会」が活動し、毎年、10万人以上の方々が参加して、地元の学校や駅周辺などの街頭掃除に努めています。</p>
<p>掃除は、人の心を穏やかにします。そして、掃除には様々な学びがある。「凡事徹底」は人を変え、企業を変え、社会を変えるのです。私がそうした信念を抱くのは、現実に多くの人たちが変わっていく姿を目にしてきたからでした。</p>
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		<title>“世のため人の為”を貫いて支持を得る 本気で、善をなす会社（中村ブレイス株式会社　社長　中村俊郎氏）</title>
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		<pubDate>Thu, 30 Jan 2014 08:32:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[経営理念]]></category>

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		<description><![CDATA[利益の追求を優先するあまりか、昨年は大手企業による食品偽装問題が頻出した。 一方で、ひたすら真面目に“世のため [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>利益の追求を優先するあまりか、昨年は大手企業による食品偽装問題が頻出した。<br />
一方で、ひたすら真面目に“世のため人のため”を貫き、社会貢献に励む企業がある。<br />
目の前の利益を追うのではなく、世の中に尽くすことで顧客の支持を獲得し、収益につなげているのだ。<br />
あえて困難な道を選び、善をなすことで得られるやりがいを活力源に歩みを続けるトップの挑戦を追った。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-1464" alt="ai_1402_1" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2014/01/ai_1402_1.jpg" width="239" height="538" /><strong>【提言】地域や社会のために信念を貫く「実業家」が求められている<br />
中村ブレイス株式会社 社長　中村俊郎氏</strong><br />
<br />
義肢（ぎし）装具メーカーの中村ブレイスは、ことし12月、創業40周年を迎える。創業から数年間は苦難の連続だったが、8年後に世界初のシリコーンゴム製足底装具を開発。以降、経営は軌道に乗り、創業20年を過ぎるころから無借金経営を続け、ここ10数年間は15％前後の経常利益率を確保してきた。現在、従業員は70名。2013年9月期には、初めて年商が10億円に届くことになる。<br />
<br />
同社の堅実な成長は、顧客である患者からの圧倒的な支持の賜（たまもの）と言ってよい。患者の目線にこだわった義肢装具づくりで、使いやすさを追求。91年には、本社に併設してメディカルアート研究所を設立し、より精巧な質感を再現した義肢づくりをめざした。その徹底したこだわりはコスト増に直結するが、保険が適用されないため、採算を度外視して低価格に設定。メディカルアート部門単独では赤字だが、それを「健全な不採算」ととらえ、収益性の高い汎用品で利益率の低下を抑えた。</p>
<p>同社は、「日本で1番、感謝の手紙が届く会社」といわれる。</p>
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		<title>成功への経験値は、躓いてこそ得られる 失敗に学び、生かす経営（株式会社エイチ･アイ･エス　会長　澤田秀雄氏）</title>
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		<pubDate>Tue, 28 Jan 2014 02:28:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[経営理念]]></category>

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		<description><![CDATA[望んで失敗をする経営者はいないが、経営に失敗がつきものなのも事実である。 リスクをとってチャレンジしていれば、 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>望んで失敗をする経営者はいないが、経営に失敗がつきものなのも事実である。<br />
リスクをとってチャレンジしていれば、自ずと失敗の確率も高くなる。<br />
一方で、失敗とは教訓の宝庫でもある。<br />
失敗してしまったのなら、そこから教訓を得て自身の成長や経営に生かせばいい。<br />
どのように生かすべきか、躓きを糧にしたトップの苦闘からそのヒントを感じ取っていただきたい。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-1464" alt="ai_1302_1" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2014/01/ai_1302_1.jpg" width="226" height="590" /><strong>【提言】失敗の中に、答えは必ず潜んでいる<br />
株式会社エイチ･アイ･エス 会長　澤田秀雄氏</strong><br />
<br />
いまの時代、新しいことに挑戦しない企業が生き残ることはできません。<br />
<br />
たとえば、かつて写真用品の分野で圧倒的なマーケットシェアをもっていた米イーストマン・コダックは、昨年2月に破産法の適用を申請しました。収益性の高かったフィルム事業にこだわり、急速に普及したデジタルカメラへの対応が遅れたことがその原因でした。「フィルムの巨人」といわれたコダックですら、このような末路をたどったわけです。<br />
<br />
激しく変化するグローバルマーケットを見誤り、栄華を誇った日本を代表する家電メーカーが、軒並み大幅な赤字を計上してしまったのも記憶に新しいところです。<br />
<br />
時代の変化に対応するため、新たな挑戦やアクションが求められるのは、大企業でも中小企業でも同じです。挑戦にはリスクや失敗がつきもの。恐れることはありません。失敗したのならやり直せばよいし、そこから学べばよいのです。挑戦することで生じるリスクよりも、挑戦せずに手を拱（こまぬ）いていることのリスクのほうがはるかに大きい。それはコダックの例が示しています。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>夢に向かって突き進む この“起業家魂”に学べ！（株式会社マイファーム・社長　西辻一真氏）</title>
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		<pubDate>Mon, 30 Sep 2013 08:39:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[経営理念]]></category>

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		<description><![CDATA[いま成功している起業家に共通するのが“志の高さ”である。 個人的な成功のみを追わず、社会的に意義の大きな事業に [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>いま成功している起業家に共通するのが“志の高さ”である。<br />
個人的な成功のみを追わず、社会的に意義の大きな事業に果敢に挑み、立ちはだかる壁にも挫けることなく乗り越えていく。志と、それを貫く姿勢とで、顧客はもちろん、従業員や取引先、さらに投資家を魅了し、強固な支持を集めているのである。<br />
夢に向かって邁進するトップの挑戦を追った。</p>
<p><strong>【事例】耕作放棄地の再生をめざし農業の楽しみを教え、広める<br />
株式会社マイファーム社長西辻一真氏</strong></p>
<p><img alt="" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2013/09/ai_1310_1.jpg" width="700" height="257" /></p>
<p><img style="float: right; margin: 0px 20px 0px 20px;" alt="株式会社マイファーム　西辻一真社長" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2013/09/ai_1310_2.jpg" width="225" height="423" /><br />
現在、全国に広がる耕作放棄地は約40万ヘクタールに及ぶ。東京都の2倍以上の面積だ。この膨大な放棄地を再生しようと、高校1年生のときに決意した若者がいる。マイファームの西辻一真社長（31歳）だ。「野菜づくりは楽しいのに、どうしてつくることをやめてしまうのだろうか、あの収穫の喜びをみんなに味わってもらいたいと思ったんです」と西辻社長は語る（以下、発言は同氏）。<br />
といっても、西辻社長の実家は農家ではない。父はサラリーマンだったが、社宅には家庭菜園があり、自家用の野菜をつくっていた。西辻社長は小さいころから土をいじり、野菜を摘み取るのが楽しみだった。<br />
農業の楽しさや収穫の喜びをなるべく多くの人に知ってもらえれば、国産のおいしい野菜や米など、農作物の価値が見直され、消費も増えるのではないか。それが日本の農業を再生する近道だと、西辻社長は考えている。</p>
<p>現在、マイファームが行なっている事業は大きく3つある。1つめは、体験農園事業。これは、耕作放棄地を農家から借り受け、一定の区画に分割して、農業初心者に貸し出すというもの。関西地区を中心に88か所あって、利用者は3,000組、延べ1万人。30代が大半を占める。利用料は、一区画あたり月額5,000円前後と、いわゆる市民農園より5倍ほど高いが、マイファームではほとんどの農園に管理人がいて、農作業を指導してくれるうえ、平日は畑の面倒も見てもらえる。</p>
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		<title>商人としての生き方を導いてくれた父の教え（メーカーズシャツ鎌倉株式会社・社長 貞末良雄氏）</title>
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		<pubDate>Tue, 06 Aug 2013 02:27:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[経営理念]]></category>

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		<description><![CDATA[世の中には、初めから完成された人などいない。 どんなに優れた経営者も、下積みや修業を経験して成長し、リーダーと [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>世の中には、初めから完成された人などいない。<br />
どんなに優れた経営者も、下積みや修業を経験して成長し、リーダーとしての自己をつくりあげていく。<br />
いま、各界で活躍する経営者が、そのころを振り返る。</p>
<p><img style="float: left; margin: 0px 20px 20px 0px;" alt="" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2013/08/ai_1208_2.jpg" width="183" height="523" />高級ブティックが並ぶマンハッタンのマディソンアベニューは、ニューヨーク屈指のショッピング街として知られる。だが、メンズウェアの世界で生きる者にとって、そこはラルフ・ローレンなどが本店を構えるアメリカン・トラディショナルの聖地である。<br />
今秋、その一角に「鎌倉シャツ」を出店することになった。年商30億円程度のアパレル会社には、分（ぶん）に不相応な挑戦かもしれない。条件も、綿製品の関税率と超円高の為替相場を考えると、決してよいとはいえないだろう。しかし、10年近く前からひそかに準備を重ね、ここ数年は慎重にタイミングをはかり続けた結果、出店を決めた。<br />
われわれにとって初めての海外出店となるが、国内20店舗で実践してきた運営管理の手法を持ち込んで、日本流で勝負する。もちろん、商品は一部を除き、日本の職人が縫製した日本製である。日本の製造業の実力をあらためて世界に問うことになるが、勝機は十分にある。日本のものづくりによって、廃（すた）れかけたアイビーの精神が、その聖地に復活するのである。<br />
ご承知のように、アイビーはハーバードやプリンストン、イェールといった名門私立大学の学生たちに発祥し、石津謙介というファッション界の巨人によって太平洋を越え、日本で独自の進化を遂げた。時代は変わり、アイビーに代表されるアメリカン・トラディショナルは、いまその故国で往時の勢いを失っているかに見える。あくまで私見だが、いわゆるファストファッションなどの新興勢力に圧倒され、かつて世界中の若者があこがれたメンズウェアの聖地でさえ、男の装いがつやと潤いを失ないつつある。<br />
そういうなかで、日本の職人によって受け継がれてきた服飾文化が、いまその発祥の国へと回帰する。不肖の弟子にしては上々だと、地下の石津先生は喜んでくれるだろうか。</p>
<div id="attachment_320" class="wp-caption alignright" style="width: 215px"><img style="float: right; margin: 0px 20px 20px 0px;" alt="" src="http://www.newtopleader.jp/wp/wp-content/uploads/2013/08/ai_1208_1.jpg" width="205" height="298" /><p class="wp-caption-text">▲VAN創業者・石津謙介氏と（1996年）</p></div>
<p>私がヴァンヂャケット（VAN）に入社したのは、1966年、25歳のときだった。以来、半世紀近い間、この世界で生きてきた私にとって、石津謙介という人は勤め先の社長というより、尊敬とあこがれを込めてかなたに仰ぎ見る高峰（こうほう）というに近い。私のこれまでの歩みが、せめてその麓（ふもと）にでも取りつきたいと願う長い旅だったとすれば、その旅路の心得を手引きしてくれたのは、父であったように思う。<br />
私の父貞末慶一は、1900（明治33）年、山口県柳井市に生まれた。生家は江戸時代から続く「貞屋」という呉服商で、跡取りであった父は修業のため、大阪に出て「丸善」で働いた。丸善は当時、書籍だけでなく、薬品や衣服、雑貨などを扱う総合卸問屋であった。<br />
後年、父は1日の仕事を終えて晩酌を始めると、このころの話をよく聞かせてくれた。私はたいして興味もなかったのだが、家長であることを誇示するような豪華な食膳と、そこにぴたりと寄り添う徳利は、子供ながらすでに酒の味を知ってしまっていた私には抗（あらが）いがたい魅力として映った。そのおこぼれに与（あずか）ろうとして、殊勝な態度で聞き役に徹していたのである。<br />
大阪の丸善には、連日、西日本各地の商店から店主や手代が仕入れに訪れたという。父はまだ10代の小僧だったが、商品ジャンルごとに売れ筋を把握して、なるべく売上の望める商品から優先的に販売した。風呂敷包みを抱えて、はるばる夜汽車で大阪にやってくる人たちは、父の機転を喜んでくれたらしい。<br />
だが、上司はそれを喜ばなかった。売れ筋の商品は誰にでも売れる。売れ残った商品を売るのが商人の腕なのだと言って父を叱り、不良在庫を捌（さば）きたがった。ところが、父にも信念があったようで、上司に従わなかったらしい。反抗的な態度がとがめられ、やがて給料も減らされて、そのうち結核に罹（かか）った父は潮時と見て丸善を辞め、郷里に帰った。<br />
「組織の一員としては、いけなかったかもしれない。しかし、いまも自分が間違っていたとは思わない。商人とは、お客さんに喜んでもらって初めて、その分け前をいただけるんだ」<br />
こう話す父の顔には、いつも少しだけ誇らしげな表情が浮かんでいた。</p>
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