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  • 組織のつくり方2014年4月

    飛躍の環境・舞台は整っている! いまこそ、新規事業(日本電鍍工業株式会社・社長 伊藤麻美氏)

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難題に尻込みする従業員の「方便(ほうべん)」

言うまでもなく、医療器具は人命にもかかわりかねない製品も含むだけに、過去に医療器具を手掛けた実績をもたない私どものような会社には、ハードルの高い世界です。にもかかわらず、私どもに声をかけてくださったのは技術が評価されたからだと感じ、私は感激しました。そして、医療器具に新規事業としての将来的な可能性を予感し、お引き受けすべきだと思いました。

しかし、実績のない会社に問い合わせるほどですから、よほどの難題に違いありません。その問い合わせは、「ガイドワイヤーにめっき加工ができないか」というものでした。

ガイドワイヤーとは細い針金状の金属部品のことで、血管や体腔(たいくう)にカテーテルを挿入する際、それを先導する役割をもちます。X線透視モニターで視認できる素材でなければならず、従来は金などの貴金属が使われていました。しかし、それではどうしても高価になるため、その医療器具メーカーでは金めっき製品の開発を企図(きと)し、複数のめっき加工会社と共同で研究を進めていました。

ところが、数年を費やしても見通しが立たず、研究そのものを諦(あきら)めかけていたころ、担当者が偶然、見かけた私どものホームページに興味を感じてくださったというのです。注目されたのは、「厚付け」と「アレルギーレスめっき」の技術でした。薄いめっき加工では、X線透視モニターで視認できないのです。

自社の技術力を信じていたものの、本当にできるのか、私も内心、不安ではありました。でも、やるしかない。その仕事に失敗するようなら、会社に未来はありません。私は従業員を集めて、協力して成功させようと呼びかけました。しかし、賛同する声は誰からも上がりませんでした。

私が社長に就任して以来、決算はすべてオープンにしていたため、従業員も経営状態を理解しているはずでした。それでも尻込みしたのは、他社が研究を頓挫(とんざ)させていたからです。つまり、自社の技術に対して自信を失っていたわけです。また、繊細な医療器具ですから、「万が一」の場合、リスクが大きいことも理由の1つでした。

ただ、私はそうして一見、もっともらしい理由も、ある種の方便にすぎないことを感じていました。やってみなければ結果はわからないはずなのに、挑戦する前から成功も失敗も確信できるはずがない。未知の世界に対するおびえや自信のなさが、1人ひとりの頭の中で「できない」理由を巧妙に組み立ててしまっただけで、誰も成功を信じていないように、失敗もまた本心から信じているわけではないのです。

私は、とにかく雰囲気を変えることだと思いました。「やってみよう」と挑戦する従業員が1人でも現われれば、社内の雰囲気は変わるに違いないと考えたのです。全従業員の気持ちをいっせいに変えるのは難しいけれど、1人や2人なら必ず理解者は現われます。そう信じて、私は新しい仕事に挑戦する意義を訴え続けました。

間もなく賛同者が少しずつ現われ始めると、不思議なもので、しだいに社内の雰囲気も変わっていきました。そして、医療器具メーカーの協力を得て開発に取り組んだところ、懸念された技術は3か月ほどで見込みが立ち、さらに半年後、生産体制も整いました。もちろん、その過程は楽なものではありませんでしたが、時計関連のめっき加工で培った技術が想像以上に役立って、技術的な難関を着実にクリアしていきました。

結局、このときの経験が突破口になって、以後、私どもは未経験の分野でも、臆(おく)することなく挑戦するようになりました。そして、03年、おかげさまで私どもは10数年ぶりに赤字を脱することができました。



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