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  • キラリと光るスモールカンパニー2012年8月号

    “奇跡の生物”ミドリムシの屋外大量培養・製品化を世界で初めて実現(株式会社ユーグレナ社長・出雲充氏)

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バングラデシュ旅行で知った貧困の現実

「貧困も飢餓も栄養失調も同じだと認識していましたが、バングラデシュでは貧しいとはいえ皆、毎食カレーを腹いっぱい食べていたんです。米はたくさん収穫できるし、カロリーは足りていました。問題はビタミンや鉄分、カルシウムなどの栄養素が不足すること。子供たちなどは免疫力が低下して病気になりやすくなることだったんです。貧困によって起きているのは飢餓ではなく、栄養素の不足、つまり栄養失調なんだと恥ずかしながら初めて知りました」

アフリカでも飢餓に襲われているのは、内戦地帯など限られた場所である。世界中で10億人に及ぶ栄養失調の人たちを救う食品を見つけたいと思うようになったのだという。

「人気マンガ『ドラゴンボール』に、1粒食べれば元気を回復する万能食品として、『仙豆(せんず)』という豆が登場します。そういうものがあったら皆を救えるのに、と願うようになりました」

帰国後、出雲社長は“仙豆探し”を始めた。大学3年進級時に農学部へ転部したのはそのためだ。あるとき、生物の分類の講義を受講し、植物と動物の両方の性質をもつミドリムシの話を耳にして、出雲社長はピンときたという。

両方の性質があるなら、植物と動物の栄養素を兼ね備えているのではないか。入学時からの知り合いだった鈴木取締役に聞いてみると、「ミドリムシに豊富な栄養素が含まれているのは有名な話だよ」と言われた。調べてみると、確かに数多くの論文があって栄養素が豊富であることがわかり、これこそ求めていた“仙豆”だと確信した。このとき、出雲社長は20歳。鈴木取締役を誘ってミドリムシの大量培養を模索し始めた。

「過去20年、成果が出ていなかったけれど、私がそのとき20歳で、あと20年研究すればできるだろうと思ったんです。何事も楽観的な性格で、気軽に始めて後で痛い目を見ることも多いんですけどね(笑)」

2人は過去の研究論文を勉強すればするほど、簡単ではないことがわかってきた。論文だけの情報では物足らず、全国の研究者に話を聞くため、夜行バスに乗っては各地を訪ねて回った。だが、芳しい結果の出ていない研究の話など誰もしてくれない。ましてや、データの提供を依頼しても断られるのが常だったという。

結局、研究に大きな進展もないまま出雲社長は大学を卒業し、02年に東京三菱銀行(当時)に入行。都内の社員寮で暮らすようになったが、毎晩、仕事が終わると大学で研究を続けていた鈴木氏の自宅に駆けつけ、一緒に研究し続けた。

「当初は、表の顔は銀行員、裏の顔はミドリムシ研究家と、まるで地球を救うヒーローのような気分で高揚していましたが、いつまで経っても成果が出ませんでした。銀行の仕事も楽しく、忙しくなってきたこともあり、実はミドリムシの研究をあきらめようかと思ったこともあったんです」



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